シンガポールとカジノ

ラスベガスを本拠にするカジノ、サンズ Sands
2005年の段階でシッカリとマカオで成功を収めています
マカオ政府が2001年にカジノ経営を外資に開放し
この成功を機に、同じくラスベガスのベネチアンが
マカオにカジノの建設を進めていました

当時、マカオ、韓国、マレーシア、テニアン島に続く
東南アジアでのカジノがどこにできるか?
話題になっていました

最初に手を上げたのはフィリピン

シンガポールは2005年に合法化
2010年2月にセントーサ島にカジノができ
2010年4月にマリーナ・ベイ・サンズがオープン
現在2つのカジノが営業しています


(3棟のホテルの手前
一番左がミュージアムとシアター
真中のドームがカジノ
右のドームがサンズ・エクスポ・コンベンション・センター)

”政府が国民に意見を聞いたとき
国民はカジノに反対したんだけど
あっという間にカジノを合法化し
2つもカジノが出来てしまった”
とタクシーの運転手

カジノ目当ての観光客が増えて良いでしょう、と聞いても
”カジノの利益は、カジノのオーナーと
政府にはいって、庶民には関係ないね”
とつれない返事でした

マリーナ・ベイ・サンズの奥に、さらに埋立地が広がっていて
”何が出来るんだろう?” と興味がありましたが
”植物園(ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ)”
とタクシーの運転手が教えてくれました

さらに南には世界最大級の豪華客船も
停泊可能なクルーズ・ターミナルが
2011年末までにオープンします
クルーズ・ハブ・シンガポールとしての魅力を
さらに高めるとのことです

おまけ:

今回の旅行を計画していて目に止まったのですが
シンガポール・チャンギ国際空港
これ自体ターミナルビルが3つあって巨大なのですが
さらに沖には、このチャンギ空港が
すっぽりはいってしまうような埋立地が完成しています
さて、どういう展開になるんでしょう?


シンガポール・チャイナタウン China Town の変化

まるで、浅草の仲見世の様な感じに
シンガポールのチャイナタウンが変化していました

私の記憶の中にあるチャイナタウンは
ちょうどショッピングセンターとして
チャイナ・ポイントができた頃

裏路地を2、3本入って屋台街に行きましたが
その雑然とした雰囲気と現地の人のエネルーギーに押されて
何も注文できず、食べずに帰ってきた思い出があります

地下鉄・MRT チャイナタウンの出口・Eに
今でもチャイナ・ポイントはありますが
現在、そこはチャイナタウンの中心ではありません

出口A を出ると、そこは浅草の仲見世ほどに
観光客も安全で、小綺麗いな活気ある通りとなります

途中で右に曲がり真っ直ぐ進んでいくと
チャイナタウン・コンプレックスヘ出ます

地元の人も、観光客も入ったり出たりしています
広場反対側には寺院があり
作られた木陰では、老人たちが
中国将棋を指していました


チャイナタウン・コンプレックスは2008年に改修され
二階には、それまで路上での屋台だったホーカーズが
150軒ほど軒を並べて活気があります

好物の酢豚がシンガポール$2(約130円)で販売されていて
思わず笑ってしまいます

反対側の出口C を出ると雰囲気は全く違って
そこで暮らす人達の街と言った感じです
正面に、ピープルズ・パーク・フードセンター
左手に、ピープルズ・パーク・コンプレックスがあり
その3階には、お手頃な足マッサージ店が何軒もあり
45分シンガポール$20程度でマッサージをやってくれます

現地の人御用達ですので
優雅さを求めるご婦人には向かないかと思います
が、 シッカリと気持ちよかったです
腰とお酒に問題ありと言われてしまいました

保存開発が進んでいくチャイナタウンが
金融街 シェントン・ウェイ Shenton Way の
すぐ南側にあるというのも
シンガポールの面白さかもしれません


シンガポール・セントーサ島、Sentosa ユニバーサル・スタジオ

2011年5月28日、シンガポールのセントーサ島に
ユニバーサル・スタジオがグランド・オープンしています
(2010年3月にソフト・オープン)

セントーサ島のどこに作ったんだろうと思いながら
1日遊ぶつもりでユニバーサル・スタジオを訪ねました

記憶の中でのセントーサ島は緑が多く
セントーサ・リゾート・アンド・スパというホテルが
1軒在っただけの島でした
このホテルで、一度会議を開いたこともあります

行ってみて、驚きました
昔の緑が深いイメージはそのまま残っていますが
島全体が、レジャーランドとして開発され尽くしていました
2002年から開発が開始されたとのことです

一番情報がしっかりしているのが
セントーサ島のオフィシャル・サイト
これ以外の情報は最新情報までフォローできず
混乱しています

ヨットハーバーと住宅
2つのゴルフ場
11のホテル
数多くのアトラクション、等々です
ユニバーサル・スタジオは
リゾート・ワールド・セントーサ Resort World Sntosa
このエリアの一部となっています

私たちは市内を走っている
セントーサ・ライダー、Sentosa rider で
セントーサ島へ入りました
これ以外に、ケーブルカーやモノレールも
準備されています

橋の手前にも
St James Power Station、発電所跡のクラブ・バー
Vivo City ショッピング・モール、があります

橋を渡って右手に入ると
そこは驚くほど巨大な地下の駐車場になっています

ここに、タクシー、公共バス、観光バスなどがすべて入ります
ユニバーサル・スタジオ、カジノの案内板に従って
中央のエスカレーターを登って後ろを振り向くと
ユニバーサル・スタジオの入り口がありました

混んでいるときには当日券が買えない、との話もあり
事前に電話でチケットを予約、
念の為に当日並ばなくてもすむエキスプレス・パスも買っておきました
クレジット・カードで決済後
メールで電子チケットを送ってくれます
電子チケットには、バーコードが入っていて
プリント・アウトをゲートで見せれば、そのまま入れます

多くの若い人、家族連れがアトラクションを楽しんでいました
現在18のアトラクションが稼働しています

The Lost World エリアのウォーター・ワールド WaterWorld
ショウの時間が午後には1時、4時となっていて
残念ながら、タイミングが合わずに見ることができませんでした
時間の確認が必要ですね


セントーサ島の終点、ビーチ・ステーションまで
足を伸ばしてみました

無料のトラムが走っていたり
地元の中学生のグループが遠足に来たりしています
また、アトラクションも幾つか用意されています

最初の駐車場から、驚きの連続でした
帰りは、タクシーでホテルに向かいました


シンガポールのどこが変わったか?

シンガポールのどこが変わったか?

シンガポールで変わっていないのは
ラッフルズ Raffles のロング・バー Long Bar
くらいではないでしょうか?

この日、8月4日も多くの観光客が詰めかけていました
入る際に、”ラッフルズにお泊りですか?” と聞かれました
泊まり客には、奥にリザーブされている席を案内しているようでした

1991年に初めてシンガポールを訪れ
その時はラッフルズ近くのホテルに滞在
ホテルから歩いていける公園に
多くの屋台が並んでいて、
サテー、ナシゴレン、ミーゴレンなどを屋台で食べた記憶があります

次に訪れたときには、公園の屋台は一掃されていて
ボート・キー Boat Quay ができていました

次の訪問では、さらにクラーク・キー Clarke Quay が出来ており
現地の社員が最新の場所として案内してくれました
当時は、まだホーカーズで
通路にテーブルが並んでおり、その周りを屋台が取り囲んでいました
この時に、当時シンガポールで流行っていたボーリングをしたり
ドリアン・ストリートに出かけて行って
ドリアンを屋台で食べた記憶があります

現在のクラークキーは全くその面影は残しておらず
立派なバーとレストランの集合体になっています

2002年にマーライオンが現在の場所に移され、
金融街・シェントン・ウェイ、Shenton Way
の開発が進められていました

昨年、2010年2月に開業した
マリーナ・ベイ・サンズ Marina Bay Sands
このマーライオンの正面に位置しています

2003年2月には、ベトナムに行くついでに立ち寄り
当時のナイト・サファリの斬新な発想に感心しました
帰りにタクシーがなかなか来ず
あたりが暗い中、心細い思いをした記憶があります

今回も訪ねてみましたが、ナイト・サファリまで
立派な高速道路が出来ており
帰りの客待ちのタクシーは列をなしていました

オーチャード通りも大きく変わっています
2009年から新たに4つのショッピング・センターが
オープンしています

前回、2003年に訪ねたときには
オーチャード通りは双方向の通行でしたが、
現在では西から東への一方通行になっています

シティホールあたりの道路も
ほとんどが一方通行となっており
5車線から6車線の車の流れを創りだしています
イギリス・日本と同じ左側通行で
さらに、信号に関係なく左折が何時でもできるようにしてあります
随分と車の流れがスムースになっており
その発想に感心しました

ご存知のように、シンガポールでは車の総量規制のため
入札制度が取られており、
車の購入は、日本での販売価格のおよそ2倍位になります
が、今回アストン・マーチンやフェラーリをよく街中で見かけました

また、ブルーの韓国・現代自動車のタクシーがあるかと思えば
ベンツ(いろんなクラスがありますが)のタクシーもよく見かけました

街角には、こんな表示があり、刻々と数字が変わっています

最初は何の表示だろうと思ったのですが
よく見ると、それそれの駐車場の空き台数です
これはこれで、徹底していて合理的ですね

シンガポールのGDPを見てみる

今回変化するシンガポールを体験する為に行きました


(クラーク・キー、Clarke Quay から観たマリーナベイ・サンズ、Marina Bay Sands)

その国の変化を考える場合
基本となるGDPを歴史的に見てみましょう

私が初めてシンガポールを訪れたのは1991年
当時のアメリカン・エキスプレスでは
インターナル・マネジメント・プログラム、Internal Management Program として
世界各国のマネージャー・レベルから
将来の幹部候補生を選抜し
通常業務に加えて、1年間独自のプロジェクトを
各国の選抜者と協力して計画・実施し
その結果を競うというトレーニングが行われていました
チームは、ヨーロッパ・中東、アジア・オセアニア
アメリカ、中南米の4つ

チームごとに、プロジェクトを計画し
マネージメントにプレゼン、承認を得て
さらに予算を確保し
1年の間に、実施し、結果を報告し競い合います

私たちのチームは
オーストラリア、日本、台湾、香港、シンガポール
タイ、パキスタンからなる17名のメンバーでした

1991年から92年にかけ、このプログラムのために
シンガポール、タイ、香港、フィリピン
そしてニューヨークに2回と出かけていました

ちょうど日本では1991年にバブル経済が破綻しています
その1991年から20年間のGDPを見てみます
(2011年は予測値です)

およそ900億シンガポール・ドルのGDPが
2011年には約3,000億シンガポール・ドルと
およそ3.4倍になっています

とは言っても、比較の対象がなければその姿はわかりません
日本と中国と比較してみましょう

こちらは、名目GDPで、USドル建てです
中国はこの20年間で16倍のGDPとなっています

もちろんUS ドルとの為替レートが影響する場合があります
(とは言っても、私の会社ではリステートと称して
日本円建ての数字を、毎年その年の為替相場で再計算していましたので
為替相場が、このような歴史的なGDPの数字の変化を見る際に
影響をあたえることはありません)

国にとっては重要な為替政策です
日本は、完全変動の為替相場、360円から76円近くまで変化しています
中国は、柔軟になりつつある固定相場ですね

シンガポールも中国ほどではありませんが
この20年間で充分に、急激にGDPが成長しているのが分かります

このGDPの成長が、シンガポールの変容を支えています